JAPICA(Japan Pilates Coach Association)

あなたも特別開発された「ピラティス指導者」に!

JAPICA指導者コース 修了生の声

北京五輪・ロンドン五輪競泳日本代表 伊藤華英さんよりコメントをいただきました

指導者コース受講のきっかけとなる出会い・・

JAPICA理事の一人である田中ウルヴェ京さんと出会ったのは、2007年。メンタルトレーニングを受けさせて頂くために、京さんの所に通い始めた。最初は、セカンドキャリアなどは全く興味なし。その時必要だったことは、オリンピックに行くこと。その理由は、2004年に選考確実と言われていた、オリンピック選考会で、まさかの代表落ちであった。そんな時、私の当時マネージャーの方からメンタルトレーニングはどうかと声をかけて頂き、最初は行こうか、悩んだが、恥ずかしいとか、周りに対する体裁を気にしている余裕もなく、オリンピックに行きたいという思いだけで、「京塾」に飛びこんだのだ。
まさに、この出会いは今考えると必然だったと言える。

2008年北京オリンピックは、京塾の甲斐あって、夢にも見たオリンピックに選ばれたのだった。この時は自分のやってきたことが無駄ではなかったと自信を持てた瞬間でもあった。京さんと、オリンピックが決まった時に抱き合って喜んだ。

今でも、この景色は思い出すことが出来る。
ただ、地平線の先にはまた地平線があることを、実感した瞬間でもあった。

北京オリンピックは結果にこだわり過ぎて、思うような自分の泳ぎが出来なかったが、今はその時を肯定したいと思う。そんな中、私はセカンドキャリアを考え始めていた。水泳はまだやろうと考えていた。
私の人生の中で2回はオリンピックに行きたかったからだ。

現役を続けながら、何か出来ないかを考えていた時、京さんから「ピラティスの指導者はどう?」と持ちかけられた。人と関わること、身体を動かすことが好きな私はすごく興味を持った。始めは、どんなトレーニングかもわからなかったが、レッスンを受けて行くうちに、徐々に理解をしていく。

怪我をきっかけに、身体について考える・・

更に、身体について考える出来事が起きたのだ。
怪我をしてしまったのだ。胸椎のヘルニアとその影響で膝の脱臼。泳げない日が続いた。 しかし、この状況が、私をピラティスに引き寄せたのだ。

「どうして怪我をしたのか、どうしたら良くなるのか」リハビリを専門のトレーナーさんに診てもらいながら、そんな事をリアルに考えられる時間でもあった。まさにターニングポイント。その時を境に「心と身体は繋がっている」身体が元気になれば、やる気が湧いてくるし、活き活きしてくる。こんな気持ちになれたのだ。

怪我の影響で、種目を背泳ぎから自由形に変更するという決断をしながらも、ロンドンオリンピックでも自由形代表として入賞することが出来た。 ロンドンオリンピックチームは最高のチームだった。そんな中に居られた私は幸せだった。やりきったという思いしか今はない。

その後すぐに、JAPICAの資格コースをスタートした。最初はどんな方とレッスンするのか、どんな先生なのか期待と不安があったが、生徒は私も含めて3人。先生1人。と、とても和やかな雰囲気の中始まった。
一緒に頑張った2人の方もとても熱心で、私にも普通に話しかけてくれた。先生も優しく厳しく、本当のことを教えてくれた。オリンピックが終わってからの2、3ヶ月は、先生始め、クラスのみなさんのお陰で、今まで養ったアスリート魂とはまた違う気持ちに気がつかさせた時間だった。違う立場で生きて行く準備だったようにも感じられた。

無事、JAPICAで講師の資格を2012年11月29日に取得することが出来た。 レッスンをして下さった、日野先生、2人の資格生。感謝の気持ちを伝えたいと思う。沢山の知識と場所を与えてくれた田中ウルヴェ京さんに感謝の気持ちでいっぱいだ。信頼出来る方々のもと、資格を取得出来たので、私自身も信頼される講師になりたいと思う。

現役時代、不安になった時に唱える言葉がある。
「逃げない」京さんと決めた言葉だ。
この言葉は人生という長い旅路の中でこれからも、自分のエナジーワードになっていくだろう。

JAPICA公認マットピラティスコーチ
北京五輪・ロンドン五輪競泳日本代表
伊藤華英

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